2009年10月1日木曜日

不安の質量。


目にかかる前髪のような僕のこの不安の重さと、

誰かの何かしらの不安の重さとを、

天秤みたく、手に持って比較する事がもし出来たならば、


僕はきっと、

公平にその重さを、

計り切る自信がありません。


しかし、不安という現象の質量を、

浅はかに計ってみたくなっている僕は今、

餌に餓えた鯉と同じだ。


鯉と同じだ。



一路












2009年9月28日月曜日

オツベルじゃなかった。


母猫が子猫を追い払う親離れという行事を、

僕は切なく見ておりました。

しかし、僕が見ていたのは、

その行為ではなく、

見慣れた子猫の表情だったのです。



なぜか僕は、

そんな自分にひどく安心して、

ひとりでも生きて行ける気がしたのであります。



ここが僕のホームだ。



一路













2009年9月21日月曜日

2009年9月18日金曜日

健全で狂気な青。


ぼくから僕へ捧げる、

さりげない何かへの反発とは、

行きつけの喫茶店から帰る道なりの、

自転車の手放し運転であります。



その瞬間は、

車にひかれて死んでしまってもいいやと、

本気で思うのであります。



そういった、一時的な感情の突起が、

今の自分にもまだあるという青さで、



僕は、


それとなく、


安心してみたがっている。







一路

宅急の目。


野良猫の視線は、純粋であります。



煮詰めると灰汁がたくさん出るだろう僕には、

強烈な視線であります。




それは、

あの時代の父の目に似ている。




一路



2009年9月16日水曜日

ブリーチ伯爵。


作曲期間中は、

僕は掃除ばかり致します。



一度集中が途切れると、

集中し直すのに時間がかかる凡庸な僕は、

リフレッシュ方法にも工夫が必要なのであります。


そんな僕にとって、

掃除は集中力が切れない唯一のリラックス方法であり、

特に、キッチンハイターで、

グラスやぞうきんをブリーチ消毒すると、

心の汚れも白く脱色されていくようで、

何とも心地よいのであります。




                                                                                                                                                家に来る野良猫共もきれいに洗ってあげたい。

それは僕の勝手な願望で、

猫らにしてみたら、

余計なお世話かもしれないけれども。




一路









2009年9月15日火曜日

ラインコントロール。


書きかけのノートに、

すっと線を引き、

そこから下が新しい僕と致します。



書きかけのノートに、

すっと線を引き、

そこから自由が始まると致します。



僕は僕の作り出す不自由に捕われるのではなく、

不器用に自由に生きると致します。



そうすると、

今ある幾多の問題も、

誰かの相談に乗る時と同じような気持ちで、

いとも容易く、

いとも容易く、

白紙にできるような気がするのであります。



一路